山路回想

2008年7月20日 (日)

(山路回想28)車に拾われて

Car_4 山から下りてかなり長い道のりをバス停や駅に向かい歩いている時、タクシーの帰り車を捕まえられた事が2回あったが、車に拾われた事も何回かあった。拾われなかったり、車自体が通らぬ道を延々と歩くほうが多かったが。

1。1975.11.30道志、入道丸の帰りで道を聞かれた車に、東野バス停まで乗せて貰ったのが最初。山を始めて二回目だった。

2。1979.06.02南大菩薩縦走で初鹿野駅より夜行で湯の沢峠を目指しヘッドランプと手提げ懐中電灯で向かっていた。(これは唯一行きの時)この先の嵯峨塩へ里帰りの方の車に拾われ、林道分岐まで乗せて頂く。湯の沢峠は小屋の無い時登られたそうだ。

3。1981.02.08天子山塊の五老峰から倒木と藪と雪で手間取り、毛無山に着いたが正面に堂々の富士は早や夕景色。懐電頼りに駆け足下山。毛無山に登り端足峠から東海自然歩道で戻ったと言う青年に、朝霧バス停まで送って貰い終バスに間に合う。

4。1981.04.12道志主脈のブナダツマ→菜畑山→今倉山と歩き、都留二十六夜山より下山したら、一帯はゴルフ場になっており、まごついていた私を見つけた整備工事のダンプに入り口まで乗せて貰う。山姿で恥ずかしくコース内を歩いて、挙句見咎められるのかとおどおどしていたので助かった。登山道など無視して作られたのか。

5。1981.12.30奥秩父、雁峠→雁坂峠→木賊山と歩き林道に下山、折から箒の材料を取りに来た軽トラックに拾われ広瀬湖バス停まで。

6。1982.12.30奥秩父、雁坂峠→甲武信岳→十文字峠から長大な尾根歩きの末栃本に下りるが、バスは終わりとぼとぼと国道を歩いていると山好きの青年に拾われ秩父湖の終バスに間に合う。

7。1983.04.24大菩薩、御前の頭→野脇の頭と藪山を歩き、道なき道を強引に中村集落に下りた。豚を飼育しており、その飼料を貰って貸し農園に使うという車が乗せてくれた。大月駅でスナック2軒も営むとかで駅までで助かった。

8。1984.11.03大菩薩、上日川峠→石丸峠→松姫峠と歩き、今は深城ダムの湖底に沈んだ深城集落辺を懐電で歩いていて、紅葉見物の車に上和田バス停まで送られる。

タクシーを含め乗車中、山や山梨の地元の話などで、色々と楽しい思い出として残っている。あるタクシーの運転手はぶどうも栽培しており、新しく「巨峰」が売れているが、今から作って収穫できるずっと先にどうなっているか、難しいといっていた。

(付記)2。の初鹿野駅だが、1903年初鹿野村に出来たが、1941年村は付近と合併大和村となるも駅名はそのまま。1993年甲斐大和駅と改称されたが、2005年又合併で甲州市となり大和の地名は消滅した。

私的には初鹿野(はじかの)の地名を愛する。合併の度に良い名前が消え、甲州市だの伊豆の国市では悲しい。一つに偏するのを避け無難な名前にするのだろうが、そろそろ歴史上貴重で良い名前の復権が望まれる。

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2008年2月 6日 (水)

(山路回想27)ルング・ワンダルング

Happa 英語ではリング・ワンダリングとか、雪や霧で視界不良のため、方向感覚を失ってほぼ同じ所をぐるぐる回ってしまうこと。小屋が直ぐ傍にあるのに遭難死したりしている。私の場合同じ視界不良でも藪山でやってしまった。

080206ring2 1985.10.20道志側から入り丹沢の鳥の胸山に登り、丹沢湖へ抜けた時、次の雑木の頭、平指山を経て林道に下り、浦安峠から城ヶ尾峠の稜線に取り付くつもりだった。浦安峠から城ヶ尾峠までは地図を見るといくらも無く傾斜も大したことないと思ったのだ。

しかし林道のカーブや稜線への道が藪状態だったためと後では考えたのだが、何時しか右へと取るのが城ヶ尾峠への道と思い込みしゃにむに登り着いたのは見覚えのある平指山でがっかり。雑木の頭まで戻り道の確りしてそうな三ヶ瀬川沿いの林道に出て城ヶ尾峠を目指すが、このロスで後半、御殿場線谷峨駅まで強行軍をする破目となる。

080206ring1 1987.10.10小金沢連嶺より滝子山へと向かった。米背負のタルより大谷ヶ丸に到着、滝子山へ向かうが、山頂をパスする道がはっきりしており、滝子山への道はこの時期藪っぽく見つけ損ね、気がついたらそこは米背負のタルだった。

このロスと曇りのため、滝子山からの下りで暗くなり、沢沿いのコースとてライトを点けるが、電池が無くなり予備も点検不十分で直ぐ尽き沢に落ちたりと大変な目に遭う。

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2008年1月15日 (火)

(山路回想26)杉チップ型バイオトイレ

House_5 山小屋のトイレについてはあまり思い出せないが、3箇所だけ強烈に記憶に残っている所がある。

1980.08.13南アルプス、甲斐駒ヶ岳から早川尾根に向かい、早川尾根小屋で一泊した時のこと。小屋は南へ傾いており頭を北にして寝た。(その後改築されたらしいが)

翌日の朝トイレに行って驚いた。青空の下に囲っただけで、溜めの上に板が渡してあり、下ではハエとウジが一杯で、昔我が家の溜め式トイレでも経験したことも無い凄さに辟易、出るものも出ずほうほうの体で引き返した。同宿の婦人に「出来なかったでしょ」と言われた。

1987.08.13同じく南アルプス、白峰三山縦走で、間の岳と農鳥岳の中間にある農鳥小屋に泊まった。ここのトイレから発する強烈なアンモニア臭には参る。二日前皇太子が泊まった筈だ。事前に道や施設が整備されるそうだが、トイレはどうしたのだろう。ヘリで臨時に運んだと何かで見た気がする。大門沢からの降路は地元の方が整備され歩き良かったが。

1979.08.18富士山頂に登った時も、頂上のトイレが余りに酷く、とても出来なくて五合目に下りる迄我慢した。現在富士山の各小屋のトイレは、バイオトイレに改められすっかり面目一新したそうだ。(07.02.10参照)

Bio1 静岡県三島市のNPO"グラウンドワーク三島"がこの活動に携わった。日本で一番沢山の登山者を迎える各山小屋では、シーズン中に溜めたのをそのまま放流、その跡は"白い川"といわれたが現在42箇所全てバイオトイレとなった。

杉チップ型バイオトイレは、杉チップにいる微生物の働きを活発化させて屎尿を分解、後には水と窒素ガスだけ残り、水は洗浄用に再利用され、何も出さず匂いもないという。

アメリカのマウントレーニア国立公園に設置の他、韓国の観光客の多い江華島に最近設置が決った。カンボジアのアンコールワットにも進出する計画だ。

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2008年1月13日 (日)

(山路回想25)逃げた猿?

Saru 1980.10.27御坂山塊、本社ヶ丸1630.8mから鶴ヶ鳥屋山1374.4mに向かい稜線を歩いていた。幅広で平らなブナの多い好もしい道だ。突然50m位先でドシンと何か樹から落ち、ギャーギャーという獣の声に驚く。

見るとそれは10匹位居たろうか、猿の集団だった。稜線の横の谷を渡って行ったが、1匹だけ引き返して来てこちらを窺がっている。斥候か?カメラを構えたらサッと逃げていった。

動物園やテレビの自然番組で見るのと違い、声が野太く野生の鋭さがあり生の迫力を感じた。

1980.11.02翌月妻と再び訪れた。同じ所でやはり彼等を見た。途中で会った地元の方の話では、河口湖に猿園がありそこから逃げ出したものだそうだ。急な谷をまっしぐらに駆け下りるもの、横っ飛びするものと、そのすばしこい様に二人して見惚れた。

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2008年1月 9日 (水)

(山路回想24)山で出会った動物たち

Inoshishi 20年近い山歩きの間、動物に会ったのは意外と少ない。丹沢ではシカに何回か会ったが、イノシシやクマはそれらしい足音を聞いたり糞を見たが、遭遇したことは無い。また飼いイヌや捨てられたハンターのイヌ、逃げ出したサルなどに会ったことはある。

1982.01.24道志山塊、前道志主脈縦走路、鳥屋山を過ぎた辺りで景色に見惚れていると、向うより何かぴょんぴょん飛んで来た。大きなノウサギだった。私を見て立ち止まったが又歩き出したので、お出でお出でをすると一寸驚いた素振りだったが、さして急ぎもせず引き返し左の藪へと入っていった。招かなかったらそのまま擦れ違ったかも・・・。

1991.08.13北アルプス、大天井岳2922.1m山頂の祠の脇で一服中、岩陰より突然オコジョが現れる。慌てて居合わせた人達に知らせるが、直ぐ引っ込んで間に合わなかった。

Squirrel 1992.08.16大菩薩末端の山、滝子山1610mに向かっていた。林道でリスに遭遇、私を見てしばし考えた後左の藪へと姿を消した。この先浜立尾根から登っていたが、突然上から何か大きなものがどたどたと下りて来た。

思わず立ち竦んで身構えると向うも止まる。それは初めて見るニホンカモシカだった。相手はしばし考えて左の谷へと身を躍らせた。さすが殆ど人の通らない尾根なのだと感激、彼等の聖域を侵した訳だ。

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2007年12月12日 (水)

(山路回想23)銃の暴発事故

Stop_violence 9日東京都目黒区の医師宅で、5歳の長男が発射した銃により、2歳の弟が死亡するという痛ましい事件が起きた。医師は銃の手入れをしており、一寸席を立ち戻ったら長男が銃をいじっているので、駄目だよといったとたんの事だそうだ。

弾と銃の管理規則は厳しいようで、本人も弾は入ってないと思っていたらしい。銃に関するこの様な思い込みによるものとしては、福井県大野市でも男性が1階で銃の手入れ中暴発、天井を貫通2階の母親が重傷を負っている。

銃の事故は全国的に頻発しており、多くは狩猟中のものが多く、仲間や通りがかりの人達が獣と見誤られて犠牲となっている。私も秋から早春に掛けては草が枯れて藪山は歩きやすくなり好もしい時期なのだが、狩猟解禁(11月15日~2月15日)とも重なるのが悩ましく、困った事だといつも思っている。

ハンターに遭遇すると、口笛など吹いて行ってくださいよ等といわれたりする。派手な衣装、ラジオを鳴らす等が良いといわれるが、折角静かな自然を求めて来たのにそれに反する事は出来ない。

よく包丁を買って殺人事件が起きた時、包丁を売っている店の販売まで止めさせられないとかいわれるが、劇薬と同じで規制は出来るはず。銃の場合厳しい規制があってもこの様に事故が後を絶たない。私は害毒を撒き散らす煙草は製造を禁止すべきと考えるが、銃の販売も同様だと思う、業界の反対で無理なことだろうが。

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2007年11月28日 (水)

(山路回想22)林道

Kusshin 山を歩いていると林道によく出会う。最近は林道等を利用して車で奥まで入り、登る事が多いらしい。これは必然的に往復登山になるので、アプローチは楽だが縦走には不向きだ。

山で時間切れになって焦っている時、やっと林道に出られるとホッとする。暗くなってもこれを行けば里に出られると安心する。この様に山登りでは助かる面が多々ある林道だが、矢鱈と不必要なものがどんどん作られているとなると問題だ。

産経新聞07.11.26屋山太郎「天下り」に大甘な福田政権より

Shinkyaku →(前略)例の松岡農水相を自殺に至らしめた「緑資源開発機構」(中略)には林野庁から14人が天下り、補助金619億円を受け、傘下に8つの法人を設立してそこには30億円の補助金とともに217人が天下っている。(中略)

この機構は全国にあと2000km余の林道建設を目的としている。同機構の前身は森林開発公団ですでに1兆円を費やして全く不要の林道事業を終えた。

誰が考えても林道建設などは地方に任せるべきもの。地方自治体は必要最小限のものを選択するはずだ。地方に任せない新たな機構を作って中央の事業を続ける目的は天下り先を確保するためだ。(後略)←

Shinkokyu 私も林道が尽きて小沢に沿う山道になっても、ガードレールを付けるというどう考えても過剰な設備がなされているのを見たし、多くの林道がそうだが沢を横切る地点で台風などの度に土砂崩れが起きて、地元に多大な負担を掛け、果ては廃道化したところも沢山あるらしい。

材木を搬出するためとか、観光目的の林道なら判る。自然を破壊してまで不要な林道を作っては放置するのは、巨大リゾート施設を億の金で造って数10万で売り飛ばしている連中と同罪だ。

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2007年11月 9日 (金)

(山路回想21)長尾根

私は延々と続くあまり上下の無い尾根筋を歩くのが好きだ。奥多摩には雲取山からの石尾根、浅間嶺の浅間尾根、三頭山からの笹尾根等がそれに当たる。

One2

扇形に広がる扇山の奥に控える権現山1311.9m。伐採地や雨量局からの展望に優れ快適な尾根だが、2回目に行った時は先の方は大分藪状態だった。皆山麓まで車で来ての往復登山が多くなり、長尾根の全部を歩く人が少なくなっているらしい。

One1

手前が浅間尾根、先が笹尾根。中央遠くが反対方向から見た権現山。(御前山、湯久保尾根より)

中でも笹尾根は長大で、日帰りで一遍に片付けるのは無理だ。バスの便が悪くなり、相模湖駅まで脚を伸ばすのはかなり大変だ。でも快適に歩けるこれ等の長尾根を歩いている時がとても楽しい。

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2007年10月31日 (水)

(山路回想20)越路峠のフジアザミ

071031fujiazami

1985.10.20第一級の藪山といわれる西丹沢の鳥の胸山1207.8mに行く。越路峠でフジアザミを見て、鳥の胸山へ。意外と道は良い。往復して南下、この後が大変だった。

071031torinomureyama

加入道山~大群山の下にあるのが鳥の胸山。道志七里といわれる細長い村落が・・・(1985.02.17御正体山、東北尾根より)

凄い藪で迷い、散々時間を食った挙句いつの間にか元の道に出てしまい、結局大回りして城ヶ尾峠に出たのは4時過ぎとなる。それからも藪は続き、やっと林道に出た時はトップリ暮れ、御殿場線、谷峨駅までの強行軍。この日は44km歩いた。

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2007年10月18日 (木)

(山路回想19)富士の見える山(6)

Fuji19

1987.01.04御坂山塊、パノラマ台1325.1mより。青木ヶ原樹海と大室山を前景に。

Fuji20

同じく本栖湖より。1000円札の裏の画。

Fuji21

1987.08.13南アルプス、白峰三山縦走、北岳3192.4m東下辺より櫛形山の彼方に。

Fuji22

1987.10.10小金沢連嶺、白谷丸1890mより。東京方面から押し寄せた雲が、山脈で遮られ甲府方面に行けない。朝曇っていたのが中央線の電車が笹子トンネルを抜けたら、途端に晴れた訳が判った。                 (富士の見える山、終わり)

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2007年10月12日 (金)

(山路回想18)富士の見える山(5)

Fuji17

1985.02.17道志山塊、御正体山、中の岳1411mより。御正体山は山頂は鬱蒼と樹木が茂り展望ゼロだったが、中腹のこの辺は大伐採が行われている。展望が良くなるのと引き換えに自然が破壊される。今はどんな状態だろうか。

Fuji18

1985.06.16富士山の側火山で一番目立つ大室山1468mより。殆ど人の訪れない山だ。

Fuji23

1985.08.15南アルプス仙丈ヶ岳3032.7mより。日本最高峰富士と、No2の北岳が連立して見えるのはここだけ。

Fuji24

1986.01.12奥多摩、三国山960mより。夕焼けに浮かぶ富士と三ヶ月。

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2007年10月 7日 (日)

(山路回想17)富士の見える山(4)

Fuji13

1984.04.29道志、倉見山1256.2mで。突然煙で隠された。他の登山者に聞いたら裾野で山焼きだそうだ。

Fuji14

1984.02.11同じく道志、九鬼山970.3m。以前登った時(1977.11.06)は樹が邪魔で余り良く見えなかったが、この時は杓子山~倉見山の上にくっきり。なお杓子山は3回登ったが何れも雲で富士は見えなかった。

Fuji15

1984.08.13南アルプス、赤石岳への大倉尾根、早朝の富士見平2720mで。

Fuji16

1984.12.09箱根外輪山西部、海の平941.5mで。赤味を帯びたアセビの新葉が点在する気持ちの良い草原だ。

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2007年10月 5日 (金)

(山路回想16)富士の見える山(3)

Fuji9

1981.05.25御坂主脈縦走路、大石峠1500mで。夜行で来たので未だ7:40だ。

Fuji10

1981.08.02八ヶ岳、権現岳2704m手前、早乙女河原展望台1830mで。夜行で出掛けここに辿り着いた時、雲海の彼方に浮かぶ富士には感動した。

Fuji11

1982.02.07南大菩薩、大谷ヶ丸1643.8mへの道で、防火切り開きより。周囲はカラマツの植林帯。

Fuji12

1983.07.24丹沢、塔ヶ岳1490.9m手前の花立より。丹沢方面からの富士山は裾野の両側が張り出し一番形が悪い方向だ。左は愛鷹山。昔は箱根と共に富士山位の高さだったそうだ。

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2007年10月 3日 (水)

(山路回想15)富士の見える山(2)

Fuji6

1979.06.24大菩薩山系、小金沢連嶺より派出した雁ヶ腹摺山1874mより。もやっている。今は硬貨になったが、500円札の図柄はここからで有名。

Fuji5

1979.12.02大菩薩嶺~峠にある雷岩より。現在は中央に大菩薩湖を湛えた上日川ダムが出現、景観を阻害?している。

Fuji7

1980.12.31奥秩父、三窪高原。ここは360°広闊な気持ちの良い所だ。

Fuji8

1981.02.08天子山塊最高峰、毛無山1945.5mにて。この時は藪の五老峰(ゴロボウ)より雪と倒木の悪戦苦闘で、到達したのは夕方近くなり直ぐ下山、途中で懐中電灯使用となる。

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2007年10月 1日 (月)

(山路回想14)富士の見える山(1)

Fuji_2 富士山が見える地点は随分遠くまであり、たしか和歌山県で見えたという報告があった。しかしそれは気象条件の良い時に小さくという丈で、矢張り好望地となれば、小林経雄著「 富士の見える山 」に示される様に直線距離50km位ではないか。

私の歩いた富士を巡る山々、箱根、丹沢、道志、御坂、天子、愛鷹等の山塊で撮ったものを、1977~1987年の順に載せてみた。少し遠いが南アルプスからのも含む。バカチョンカメラであり他との比較はご容赦。

Fuji1_2

1977.10.23道志山塊、厳道峠~御牧戸山1047.7mより、裏丹沢の大群山の彼方に。山歩きを始めて最初の出会いだったと思う。

Fuji2_2

1977.11.23中央線鳥沢下車、取っ付きの良い扇山1137.8mより。前道志、奥道志の山波の上に・・・。

Fuji3_2

1979.01.01奥御坂、王岳1623.4m西の五湖山1339.8mで。右下丸い山は側火山、大室山1468m。この辺からが一番形良いそうだ。

Fuji4_2

1979.04.15愛鷹山塊、前岳1336mより。裾野での自衛隊の砲声が聞こえる。

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2007年9月24日 (月)

(山路回想13)ブナ(2)

070924buna1

1985.06.02東丹沢の天王子尾根を下りた時のもの。

070924buna2

1986.12.21同角の頭1491mで霧氷に覆われたブナ。

070924buna3

1987.08.07桧洞丸のブナとマルバダケブキ(丸葉岳蕗)。

丹沢でブナの衰退、立枯れが問題になっている。京浜工業地帯の煤煙。鹿が殖え過ぎ下草を食い散らし、土壌が流出して枯れる等だがはっきりした事は判っていない。

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2007年9月23日 (日)

(山路回想12)ブナ(1)

山毛欅、橅。日本固有。山でブナの巨木に出会うと枝振りといい、木肌の表情といい、来て見て良かったと思わせる樹だ。

070923buna1

1980.12.31奥秩父、三窪高原にて。ここは富士を始め大展望に恵まれたが、時間切れで白沢峠より下った。

070923buna2

1984.06.22ガスに包まれた丹沢主稜縦走路、桧洞丸1600m付近。ブナが見事だが今丹沢では方々でブナが立枯れているとか。

070923buna3

1985.02.17道志山塊最高峰、御正体山1681.6mのブナ。展望は無いがブナ、ミズナラの巨木に目を瞠る。

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2007年9月19日 (水)

(山路回想11)犬三話

Dog 1978.12.10丹沢山塊表尾根の三の塔1205.2mに登った時の事だ。蓑毛のバス停で数人と下車、私が先頭で沢に沿って歩き出した。やがて1匹の犬がついて来る。私が止まって振り返ると向こうも止まる。こんな事を繰り返しながら犬に気を取られた私は、何時しか道を失い沢の奥へ。

間違ったのに気付いて戻ったが、皆に先を越されてしまった。尾根に取り付くのが正解で、登り付くと件の犬が待っていた。その後確りした道標のある地点に来ると、「これでよし」とばかり戻って行った。よくある案内犬なのだろうか。

Dog_2 1979.01.28裏丹沢の大群山1587.6mに向かった時、峠である"犬越路"目指し登っていると、1匹の白犬が下りて来た。止まったので撫でてやるとトコトコ行ってしまった。

犬越路に登り着くと武田の軍勢が越えた時、軍用犬を連れていた事から犬越路と言うようになったと思っていたが、案内板には一般の犬も利用していると書かれてあった。それにしても道志側の音久和集落と丹沢側の箒沢集落間は15km余の峠道である。

070919dog

↑曲沢峠→大谷ヶ丸への道より南アルプス(82.02.07)

Dog_3 1982.02.07中央線笹子駅で降りて、 南大菩薩の大谷ヶ丸1643.8mを目指し林道を歩いていると、ここでも犬がついて来た。この犬も振り返るとそ知らぬ顔をするが、歩き出すと先へ発ってゆく。突然耳をそばだて前方を注視しているなと思ったら、数匹の猟犬を連れたハンターが現れた。

私がハンターと話しているうちに何時しか彼の犬は犬達に混じってしまった。この他何回か犬の集団に遇ったが、ハンターが用済みのを棄てていくと言われる。中には脚を折って棄てる者もいるそうだ。

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2007年9月17日 (月)

(山路回想10)ダム

最近ダム工事は一服しているのだろうか。私の歩いた頃は林道、ゴルフ場、送電線、高速道路等々盛んに造られ景観は悪くなるわ、騒音が山の上まで来るわ、迂回させられるわで碌な事無かった。

景観的にはダムは必ずしも悪くは無い。最近のダムは公園化して中々良い雰囲気のものもある様だ。でも登下山路が水没してしまった所もある。私の登った道でその後ダムで変わったと思われる所を以下に挙げてみる。

070915dam1

↑これは1978.01.15丹沢のブッツエ平876.4mより見た工事中の丹沢湖で、その後満々と水を湛えた湖は、三保ダム付近に立ち退いた人々の店が出来て観光化した。

070915dam2

↑同じく丹沢で工事中の"虹の大橋"で、中津川に宮ヶ瀬ダムが出来た。1986.06.15栂立849m→本間の頭1345.4mと歩いた時のもので、その後行ってないので判らないが登下山コース共水没したらしい。1977.03.20行った近くの高取山、仏果山には展望塔が建ったそうな。

1984.11.03大菩薩の石丸峠より牛の寝通リを経て松姫峠に出た。ここより延々大月まで車道歩きとなるが途中で車に拾われ助かる。この辺に深城ダムが出来たらしい。そしてその上流には松姫湖を湛えた葛野川ダムが・・・。

1982.08.15大菩薩、日川尾根を歩く。その尾根と小金沢連嶺の間には大菩薩湖を湛えた上日川ダムが出現した。このダムと上記のダムは小金沢山2014.3mの下を通る水路で結ばれ中間に地下発電所があるという。

070915dam3

この写真は 1979.12.02大菩薩峠の雷岩から撮ったもので、中央窪みに大菩薩湖はあり、人工物であるダムがはっきり見え景観を害している。もっともその後行ってないので大きなことは言えないが・・・。初めての人はそう気ににならないかも。詳細はダムマニア参照。

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2007年9月 4日 (火)

(山路回想9)奥秩父主脈縦走

奥秩父は草原と鬱蒼とした原生林の素晴らしい山域だ。9回に亘る山行を振り返ってみよう。主脈からは外れているが雰囲気の色濃い所も含んでいる。

第1回  1979.12.30雲取山2017.7m→飛竜山2069.1m。 初めて奥秩父に脚を踏み入れた。雲取山から延びる長大な石尾根末端に奥多摩駅より取り付き、夕暮れの美しい中奥多摩小屋に辿り着く。

そして早朝の東京都最高峰雲取山よりの景色を堪能、主脈の縦走へ。飛竜山直下の禿岩よりのうねる奥秩父主脈の大展望↓に満足、サオラ峠、丹波天平(タバデンデーロ)へと下山する。

070904okutitibu1

第2回  1981.08.14笠取山1953m→唐松尾山2109.2m→飛竜山2069.1m。 1日目は東京都水源の笠取山に登る。淡いピンクの鐘形花のホツツジが群生していた。これより雨の中将監小屋へ。

翌朝は快晴、竜喰山→大常木山直下の捲道の原生林相は素晴らしかった。禿岩より前回登らなかった飛竜山頂を往復、サオラ峠へと下山。

第3回  1981.12.30雁峠1780→雁坂峠2050m→木賊山2468.6m。 雁峠は奥秩父らしい草原とシラビソ等の針葉樹林が美しい。雁坂小屋泊まりで翌日は広瀬湖へ下りる。古礼山と遠くに国師ヶ岳が霞んでいる。↓

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第4回  1982.03.21三峰山1101.5m→芋の木ドッケ1946m→三ッドッケ1576.0m。   奥秩父東端の三峰山より白岩小屋に入る。遭難騒ぎがある。

翌日は雲取手前の芋の木ドッケを左折長沢背稜へ、この辺からの雲取は他の方向からははっきりしない山容を大きく見せていた。花戸岩の大展望は禿岩に似ている。三ッドッケより東日原に下山。 

第5回  1982.09.05黒金山2231.6m→乾徳山2031m。 青笹新道より亞高山らしい針葉樹の脂の匂いの漂うなか、ヒカゲノカツラ等を足下に黒金山へ。乾徳山よりはマツムシソウの草原を下る。

第6回  1982.12.30雁坂峠→甲武信ヶ岳2475m→十文字峠 日本三大峠と言われる雁坂峠より縦走、甲武信小屋に入る。

翌日の甲武信ヶ岳は甲州(山梨)、武州(武蔵)、信州(信濃)の境だ。十文字峠よりの長大な尾根からの和名倉山の堂々たる根張りは何時の日か登りたいものだと思った。

第7回  1983.01.15ゴトメキ2299m→トサカ2047m→黒金山 白桧平の作業小屋を借り、黒金山を経て西沢渓谷へ下る。氷結の滝が豪壮だ。霧氷の大ダオ↓

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第8回  1983.05.02北奥千丈岳2600m→国師ヶ岳2591.8m→金峰山2595.0m 奥秩父の最高峰より西端の金峰山へ、遥か石祠峠より眺めた金峰山の勇姿、到着すると五丈岩の奇岩が大きい。北に雲煙の去来する中大きく小川山が見えるが、和名倉山と共に主脈縦走路を外れ行き損なった。

第9回  1987.05.04黒金山→ゴトメキ→北奥千丈岳 天狗尾根を西沢渓谷へ下りる。岩屋にある折れた鉄剣には、明治年代奉納の文字が記