読書

2017年9月 4日 (月)

四国巡礼記

Book東京新聞で俳人「黛まどかの四国歩き遍路」が連載中で、好評らしいが私も愛読中。似たような著書が沢山出ている。家田荘子「四国88ヶ所つなぎ遍路」月岡祐紀子「平成娘巡礼記」辰野和男「四国遍路」等持っているが未読。

どれも同じような体験談だが、それぞれ面白い。(と言ったら失礼か)。歩き、自転車、バイク、車と、体調、費用、時間等それぞれ理由あってのことだが、矢張り基本は歩きと思う。現在道標、宿等昔に比べ良くなっている様だが、大変な事に変わりはない。

何といっても今の様に観光化していない、大正の頃の高群逸枝「娘巡礼記 (1979年) (朝日選書〈128〉)」だろう。仕事や三角関係から逃れ、熊本から24歳で四国巡礼に出た時の記録だ。地方紙に記事を送る約束で船賃を貰っての出立で、いきなり野宿だった。

今と違いお遍路お断りの風潮の中、行倒れもあった時代だけに、娘一人の道中はどんなに頼りなかったことだろうが、後「火の国の女の日記」等を書く女性運動の草分けだけある。途中大分のお爺さんと同道したりもしながら、何とかやり遂げた感動物の紀行だ。

本人は記事になったものは見ないで終わったらしく、詳細は解説にある。それだけに60年後やっと出版された文章は、本人が見たら手を加えたい所もあったろうが、それが却って生々しさを醸している面もあり、★5だ。

最近亡くなった作家、車谷長吉と詩人高橋順子夫妻の札所巡りも良い。車谷長吉「四国八十八ヶ所感情巡礼」。順子が怪我したりして大変な道中だ。こちらは雉撃ちが矢鱈で★4。

四国88ヶ所を遍路、西国33ヵ所を巡礼と言うのが正しいそうだが、混用されている様だ。スペイン、サンティヤゴにも巡礼道があり、檀ふみ等の本も出ている。最近増えた外人も、そちらから来た野宿のバックパッカー等が多い様だ。

関東では秩父にもあるらしいが、ここ伊豆にもあるとか。私も行ってみたいのだが、脚がもう許してくれそうもない。指を咥えて巡礼記を見て我慢するか、というのが今の心境だ。

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2017年8月19日 (土)

なぎさホテル

Book伊集院静著「なぎさホテル (小学館文庫)

伊集院静がテレビに出ていた。夏目雅子との関係が話題になっていた。そこで求めてあったこの本を読む事とした。

結構いい加減な生活をしている中、そんな自分に嫌気がさし、逗子の海岸でボンヤリ海を眺めている所を、近くにあるなぎさホテルの支配人に声を掛けられ、金もないのに約7年もここに泊まることになる。

そこで作家を目指すようになった経緯が良く判る。この後夏目雅子と一緒になるが、すぐあの様な別れに。なぎさホテルの最期が哀調があり傑作だ。 ★★★★★

続いて短編集「乳房」。表題作は吉川英治賞で、よく書かれているが、他は一向に面白くなく途中で投げ出した。島に赴任の「機関車先生」も解説はべた褒めだが、この手の物語も多い中、余り良いと思われなかった。

作家も初期とか、物によって下手な作品もあり、どれも一応読ませる人と、差がある場合があり、うっかり沢山買えない。

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2017年8月13日 (日)

逃亡

Book帚木蓬生著「逃亡〈上〉 (新潮文庫)」「逃亡〈下〉 (新潮文庫)

医者であり作家の帚木蓬生(ははきぎほうせい)を何で知ったか忘れたが、この変ったペンネームは、源氏物語の2番目の題名帚木と、末摘花の出てくる巻から蓬生を採ったそうだ。

そのペンネームも医学部を受け直すこととなり、以前卒業した高校で、もう結婚や就職をしている筈と先生に怪しまれぬよう、偽名として使ったと。TBSに入社したが碌でもない仕事をやらされ嫌気がさし、医者への道を進んだそうだ。

精神科医らしい作「閉鎖病棟」から読むが、百姓一揆を扱った時代物「天に星地に花」も良い。そしてこの「逃亡」、戦時中の憲兵が敗戦となった時、逃げ回った末結局捕まるが、あっけない最期で、戦勝国の軍事裁判のいい加減さを知る。

私は憲兵と言うと国内で威張っていた事しか知らず、香港でのこのような活動があったことが、多くのBC級戦犯を生んだことを知る。

巣鴨プリズンは今サンシャインビルとなり、何の跡形もない。私も東條以下A級戦犯にディスバイハンギングと、次々に判決が読み上げられるラジオが今も耳に残っている。

天皇の責任が語られ、本当にその通りだとも思ったが、作者は他の元憲兵にそれを語らせ、主人公はこうなったのも自分の責任も皆無でなく、全て戦争のなせる業であり、仕方がないのかという立場だ。

心理状態は元より非常に細やかに描かれており、文庫本1200ページを一気に読んだ。 今は亡き久世光彦の名解説がある。 ★★★★★

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2017年7月29日 (土)

苦心の学友、他

Book佐々木邦著「苦心の学友 (少年倶楽部文庫3)

明治の世、武家から伯爵となった花岡家の三男坊の学友として、旧臣下である内藤家の正三君が乞われ難題に立ち向かう物語だ。

子供の頃読んだ記憶がある。鷹揚な殿様、優しい奥方、旧弊の塊みたいな学監の安斎老人、そして我儘ながら友を欲しがっている三男と、そこで揉まれる正三君。久しぶり(70年?)の再読だが面白かった。

他に探偵物を2冊読む。砂田弘著「少年探偵事件ノート (フォア文庫)少女探偵事件ファイル (フォア文庫)」。共に1986.89年作で、事件と言っても他愛のないものだが、大人が読んでも面白く、爽やかな読後感でお勧めだ。

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2017年3月10日 (金)

松田瓊子

Book古本屋の小僧から店を持ち、後に作家となった出久根達郎だが、その「作家の値段」を見ていると、野村胡堂の項で、23歳で亡くなった松田瓊(ケイ)子という少女小説家がいたのを知る。

美智子皇后が中学時代、クラスで回し読みして親しんだ本が瓊子の「七つの蕾」であった。他に「紫苑の園」「香澄」などがあり、瓊子の父親は野村胡堂であり、後ハナ夫人に頼んで借り、再読されたという。お礼にプリンセスミチコのバラが贈られ、胡堂は感激して大切に育てたとか。

2011年亡くなった俳優の児玉清が、中学の頃、姉の少女小説趣味を馬鹿にしてからかってやろうと、中原淳一表紙絵の「紫苑の園」を本箱から抜き取り読み始めたが、心洗われる世界に涙してミイラ取りがミイラとなる。

後児玉がテレビ出演時、母親役だった女優の葦原邦子が、淳一の奥様であることに気づき、感動した「紫苑の園」の話をしたら、喜んで復刻本をくれたので、それを持って30年振りに姉を訪れ謝ると、笑って原本を戻してくれたそうだ。(「寝ても覚めても本の虫」より)

早速「七つの蕾」「紫苑の園/香澄」を入手読む。当時少女雑誌「ひまわり」に載ったそうだから、我が家でも姉が取っていた覚えがあり、聞けば判るかもしれない。少女小説の範疇を出た明るく美しい物語である。

瓊子はかのハンセン病に捧げた神谷美恵子と学生時代親しく、後年美恵子は皇后の不調時、色々アドバイスをされたと聞く。人の繋がりがこれほど感じられた事も無い。

全集は手に入らないようだが「すみれノート」という460ページ余の本が出され「サフランの歌」そして兄と結婚生活が短かった夫君とがモデルの最後の作品「湖畔の夏」それに日記等が収められている。「湖畔の夏」は5作品中一番良いと思った。

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2017年1月25日 (水)

篠田節子

BookSF、幻想の混じるジャンル分け不能と言われる作家、篠田節子の作品「絹の変容」始め40冊近く読んだ。

ここの所10冊程新刊が出たが、「銀婚式」「ミストレス」「ブラックボックス」の3冊がやっと文庫化されたので入手した。

「ミストレス」は幻想5短編。”ミストレス”と”紅い蕎麦の実”が良い。「銀婚式」は良く纏められ★5だ。やはりこの作家、長編が面白い。

未読の「ブラックボックス」食の汚染を追及したものらしいが、文庫で600ページの大作だ。

「長女たち」「となりのセレブたち」「インドクリスタル」「冬の光」「竜の流木」の文庫化が待たれる。

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2017年1月 1日 (日)

大島

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伊東、城ケ崎海岸より大島。16.01.27撮影。

東京新聞、新年号、読者欄は私の未来。或る方が、私は82歳、病身で高齢の自分が、未来とは笑止千万かもしれないが、辞書によると「未来とは過去、現在と時の流れを三区分した一つで、まだ来ていない部分」とあり、語る資格は十分あるかと。

残念ながら、10年、20年後の未来展望とはいかないが、一日一日を大切にと言われている。私達夫婦も体に色々不安を抱えて生きているが、今のところ大した事も無く生活出来ており、感謝せねばなるまい。

長年ブログを見ていると、高齢の方で毎日更新していたのが、突然予告なく中断するケースが今まで3件あった。身寄りの方でもコメントしていただくと良いのだが。宙に浮いたかのブログが侘しい。私の場合家内より先ならそういう事考えておこうと思った。

人の死に方は様々で、読者欄にはある方の90歳で逝った義父が「俺は幸せだった」といって息を引き取ったとある。今読了した伊藤礼の「伊藤整氏奮闘の生涯」によると、整は最期まで癌の苦しみの中、書く執念を燃やしていたそうだ。

纏まりの無い感想になりました。今年も細々続ける所存ですので、拙いブログ時々お覗き下さい。

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2016年12月22日 (木)

自転車ぎこぎこ

Bicycle_1216日に続き、伊藤礼著「自転車ぎこぎこ」を読んだ。前半が自転車にまつわる諸問題で、後半は房州、笹子峠、遠州、山陰等を同志と共にサイクリングする。

笹子旧峠道は私も何回か歩き、1978年は矢立の杉を訪問しており懐かしかった。峠を山梨側に越えると甲斐大和の駅で、昔は初鹿野(はじかの)という優雅な名前だったのを改悪した。本書でも近傍の駅名の改変を嘆いている。

ここは駒飼集落で、2回も女子小学生に元気に挨拶された、良い思い出が忘れられない。雉が峠道に現れたこともある。

房州、遠州共に良い景色の中を行くみたいだが、私は著者と同年齢だがもうサイクリングは無理だろう。泊りでゆっくり歩いてみたいと思った。

最後の山陰では電車内に忘れ物で計画が変わったり、相変わらずのドタバタだが、親しい友人との自転車旅は人柄がにじみ出て楽しい。

折り畳み自転車を駅前で分解したり組み立てたりが、面倒と言えば面倒だが、クロネコで宅配が頼めることを知り大分楽になったとか。ところでローカル線の中にはそのまま持ち込める線もボツボツ出て来たらしい。

過日、テレビで台湾のサイクリストがグループで伊豆に来ている報道があったが、道路がサイクリングに適してなく、電車も分解しないと駄目とこぼしていた。

あちらはサイクリング先進国で、一周専用道があるとか。電車も普通に持ち込み出来、そのスペースまで確保されているそうだ。人口等も違うので一概には言えないが、日本も見習うと良い。 ★★★★★

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2016年12月16日 (金)

伊藤礼

Bicycle_12伊藤礼と言っても何人か判らない方が殆どであろう。私もこの年まで知らず、伊藤整絡みで知った次第だ。

あのチャタレイ裁判で一躍有名の作家、文芸評論家、その人の息子だ。息子と言っても私と同じ83歳。大学教授退職後、出しているその著書が面白く、内田百閒以来と褒める人もおり、私も同感だ。

弱かった体だが、歳取って始めたサイクリングですっかり丈夫になったらしい。読了したのは「こぐこぐ自転車」「大東京ぐるぐる自転車」。前者は北海道などにまで走る。後者は東京を走り回るのだが、一人または同年輩の友人達とのものもある。

「大東京・・」は自宅久我山からで、20年近く荻窪に居た私は、このころ自転車で近辺くまなく走ったので興味深かった。

下町だが、殆ど車だったので幹線道路沿いばかりで、自転車で一歩横道に入ってのルポは新鮮で、小石川後楽園や東大植物園など行かなかったのが今になって惜しまれる。

町田も団地が当たって30年ばかり住んだので、尾根幹線(戦車道路)など懐かしい記述だった。

今読んでいるのは「ダダダダ菜園記」で、自宅で家庭菜園を始め、耕耘機まで買ってしまう。好奇心旺盛、研究熱心な人だ。

クワイの栽培で、正月しか出ず、最近は栽培もされなくなったが、カニだイクラだと騒ぐが、クワイに勝るもの無しというの私もで、高かったのが手に入らなくなり残念だ。筆者は知人から種芋を貰って栽培を始める。

この後「自転車ぎこぎこ」と講談社エッセイ賞の狩猟物「狸ビール」、「伊藤整氏奮闘の生涯」を読む予定。氏の文章は自転車の如く寄り道、脱線が多く、紙数が尽きて次回回しとなってばかりで笑わせる。 全て★★★★★

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2016年12月 1日 (木)

流れる星は生きている

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2014年88歳で亡くなった宮尾登美子の、中国(旧満州)開拓団よりの大変な引揚体験を基に書かれた「朱夏」がある。

同じ満州からの逃避行。11月15日、老衰により98歳で死去の藤原てい著「流れる星は生きている」。1977年に求めて読むが、以来再読の度に感動の記録だ。

夫は拉致、女の乳飲み子と男児二名抱え、なんとか朝鮮の国境を越えた所で精根尽き倒れていたのを、アメリカ兵のジープに助けられなかったら、この本も無い訳で、何回読んでも涙を抑える事が出来ない。

私達は当時大連で、父は奥地でシベリア送り、兄は内地で入営、学徒出陣目前だった。1年後祖父母、母、姉と私、それと近くの陸軍病院入院中の親戚の青年が頼って来、6名無事に引揚られた。兄と再会、父も2年後帰って来た。

奥地開拓の方々に比べ地獄と天国で、幸運というしかない。力尽きた多くの人々への鎮魂の想いを新たにしている。

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