自然葬へ
去年暮れに家内が亡くなって一人となり、生前碌に何もしてやれなかったと回想すると、涙が止めどなく遣り切れない。
しかし何時までもこれでは参ってしまいそうで、騒々しいばかりであまり見ないテレビだが、無理にも見る事とした。余り可笑しくなくとも無理にでも笑うと、気持ちが楽になり笑う事の大切さを今更ながら感じた。ただ鉦や太鼓の騒々しい合の手は閉口だ。
葬儀は通夜、告別式一緒の近親者10名の簡素なものが出来(親類方が内心どう思われたかは分からないが・・・)、霊安室でお別れの後、すぐ傍の伊東市斎場に向かった。こちらの骨揚げの丁寧なのには驚いた。
お別れでは、遺影として北海道旅行時の小樽倉庫街での家内の写真を、音楽は家から持って行ったCDプレーヤーで、家内の好きだった童謡のBGMを流した。
そしてこれも好きだった水彩画家の母君が画かれた、葉書大の原画を棺に入れてやった。後、御了解下さいのメールに、理科の先生でもあり「星になられた事でしょう」と今頃の星空の写真を添付して下さった。
娘が入院時から遠くだが時々来てくれ、色々な手続きなど助かっている。娘の負担にならないためにも、この後簡素な墓標を建てた自然葬をと、南伊豆辺りで考えている。
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