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2017年4月

2017年4月29日 (土)

ガザニアとベニシジミ

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ガザニアで吸蜜するベニシジミ。

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2017年4月26日 (水)

イトウコムロザクラ

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伊東小室桜。伊東ガス苑池にて。  参照

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2017年4月23日 (日)

イルドバカンス3世号

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伊東港より初島に向かう、イルドバカンス3世号、44m、292t。

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手石島辺で行き違う3世号と伊東マリンタウンから出る遊覧船イルカ号。

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2017年4月22日 (土)

緊張続く朝鮮情勢

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独裁者正恩と読めぬトランプの対決、囲む中、露、韓、日それぞれの思惑があり纏まらない。韓国は空襲訓練をするだけあって、核シェルター完備のビルが多いとか。ソウルだけと思うが。

翻って日本はなんの碌な防備策も無い。警報が出ても、地震と違って逃げる間も無かろう。

斬首作戦、アメリカは否定している。作戦そのものは比較的簡単に遂行できるかもしれないが、後処理がまずいだろう。

適格者韓国は過去実施直前で親北の金大中となり、訓練員の悲惨な末路となったが、今はパクさん失脚でそれどころでない。

いずれにしろ我が国は為す術もないのが現状だ。拉致などどころでなくなっており悲しい。

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2017年4月19日 (水)

キズタ

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木蔦。熟した果と新葉が同居。

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2017年4月15日 (土)

シャガ

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射干。

松戸市のベトナム人9歳女児殺害事件、子供の登校見守り責任者が犯人とは何という事だろう。父が名付けたニャット・リンとは、日本・輝きの意味だそうだ。

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2017年4月12日 (水)

アマゾン

Free_shipping_dlアマゾンでは年会費3900円の有料会員に、当日配達のサービスをしている。私等も10回に1回位か、これを申し込む画面になり、しないという選択をさせられる。

そそっかしい人が、うっかりクリック、後で会費請求となったりするようで、可成り悪質とも言える。これで爆発的に注文が増え、運送会社が音を上げているらしい。

色々な面でアマゾンのインターネット通販は、他と比べ優れていると思うが、現状は配送業者が可哀想だ。留守が多く再配達の手間から、自棄になった配達員が荷物を投げる場面があり問題になった。

あれには多くの方が運転手に同情的だったと思う。私も時間指定は止め、支払いも可能な限りクレジット払いにすることとした。勤めている人は駅などの宅配ボックスなど良いと思った。

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2017年4月 9日 (日)

新緑

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霧の朝に新緑、1年で一番良い季節だ。

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クスノキ(楠)の若葉が美しい。

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これはビワ(枇杷)。

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大島桜か。

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2017年4月 7日 (金)

ゼラニウム

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ゼラニウム:カリエンテ。当分曇天が続くようだ。

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2017年4月 4日 (火)

世界の平和を願って

I13愛子様は修学旅行で、アメリカのオバマ前大統領が広島訪問の2週間前に行かれ、その御感想を発表された。確りした文章で、深い感銘を受けたので、全文を載せさせて頂く。

 宮内庁は22日、皇太子ご夫妻の長女愛子さま(15)が学習院女子中等科を卒業されるのに合わせ、愛子さまが卒業記念文集に寄せた作文を公表した。「世界の平和を願って」との題で、昨年5月の修学旅行で広島市を訪れた際に感じたことや、平和への思いがつづられている。全文は次の通り(表記は原文通り)。  

世界の平和を願って 敬宮 愛子

 卒業をひかえた冬の朝、急ぎ足で学校の門をくぐり、ふと空を見上げた。雲一つない澄み渡った空がそこにあった。家族に見守られ、毎日学校で学べること、友達が待っていてくれること…なんて幸せなのだろう。なんて平和なのだろう。青い空を見て、そんなことを心の中でつぶやいた。このように私の意識が大きく変わったのは、中三の五月に修学旅行で広島を訪れてからである。

 原爆ドームを目の前にした私は、突然足が動かなくなった。まるで、七十一年前の八月六日、その日その場に自分がいるように思えた。ドーム型の鉄骨と外壁の一部だけが今も残っている原爆ドーム。写真で見たことはあったが、ここまで悲惨な状態であることに衝撃を受けた。平和記念資料館には、焼け焦げた姿で亡くなっている子供が抱えていたお弁当箱、熱線や放射能による人体への被害、後遺症など様々な展示があった。これが実際に起きたことなのか、と私は目を疑った。平常心で見ることはできなかった。そして、何よりも、原爆が何十万人という人の命を奪ったことに、怒りと悲しみを覚えた。命が助かっても、家族を失い、支えてくれる人も失い、生きていく希望も失い、人々はどのような気持ちで毎日を過ごしていたのだろうか。私には想像もつかなかった。

 最初に七十一年前の八月六日に自分がいるように思えたのは、被害にあった人々の苦しみ、無念さが伝わってきたからに違いない。これは、本当に原爆が落ちた場所を実際に見なければ感じることのできない貴重な体験であった。

 その二週間後、アメリカのオバマ大統領も広島を訪問され、「共に、平和を広め、核兵器のない世界を追求する勇気を持とう」と説いた。オバマ大統領は、自らの手で折った二羽の折り鶴に、その思いを込めて、平和記念資料館にそっと置いていかれたそうだ。私たちも皆で折ってつなげた千羽鶴を手向けた。私たちの千羽鶴の他、この地を訪れた多くの人々が捧げた千羽鶴、世界中から届けられた千羽鶴、沢山の折り鶴を見たときに、皆の思いは一つであることに改めて気づかされた。

 平和記念公園の中で、ずっと燃え続けている「平和の灯」。これには、核兵器が地球上から姿を消す日まで燃やし続けようという願いが込められている。この灯は、平和のシンボルとして様々な行事で採火されている。原爆死没者慰霊碑の前に立ったとき、平和の灯の向こうに原爆ドームが見えた。間近で見た悲惨な原爆ドームとは違って、皆の深い願いや思いがアーチの中に包まれ、原爆ドームが守られているように思われた。「平和とは何か」ということを考える原点がここにあった。

 平和を願わない人はいない。だから、私たちは度々「平和」「平和」と口に出して言う。しかし、世界の平和の実現は容易ではない。今でも世界の各地で紛争に苦しむ人々が大勢いる。では、どうやって平和を実現したらよいのだろうか。

 何気なく見た青い空。しかし、空が青いのは当たり前ではない。毎日不自由なく生活ができること、争いごとなく安心して暮らせることも、当たり前だと思ってはいけない。なぜなら、戦時中の人々は、それが当たり前にできなかったのだから。日常の生活の一つひとつ、他の人からの親切一つひとつに感謝し、他の人を思いやるところから「平和」は始まるのではないだろうか。

 そして、唯一の被爆国に生まれた私たち日本人は、自分の目で見て、感じたことを世界に広く発信していく必要があると思う。「平和」は、人任せにするのではなく、一人ひとりの思いや責任ある行動で築きあげていくものだから。

 「平和」についてさらに考えを深めたいときには、また広島を訪れたい。きっと答えの手がかりが何か見つかるだろう。そして、いつか、そう遠くない将来に、核兵器のない世の中が実現し、広島の「平和の灯」の灯が消されることを心から願っている。(2017/03/22-11:07)

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2017年4月 1日 (土)

シキミ

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樒。横磯川畔にて。我が家のは未だ咲かない。

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