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2016年8月28日 (日)

山の日

Icon_155081_648月11日は制定初の山の日とあって、山に因んだ遭難事故と或る夫婦の物語が、フジテレビ「アンビリバボー」で紹介された。

遭難事故は7年前の北海道はトムラウシ山での集団遭難事故で、2泊3日のツアー(ガイド3名、客15名、計18名)で、ガイド1名、客7名の8名が死亡した。

初日は天候良く山小屋泊、翌日は雨になり2泊目、次の日も雨なので山頂は踏まず下山。ここまでなら正しい選択のように見えるが、途中で風雨が激しくなり、持っていた食料や衣服の使用どころでなくなり、夏というのに低体温症で8名死亡となった。

色んな事が絡んだらしいが、私は余裕のないツアー登山が一番の原因と考える。旅館や飛行機の予約し直しを考えての強行軍となった訳で、予備日も無い。一人旅なら小屋で停滞も、予定変更もやり易く、大勢ならば良いと限らない典型の事故だったと思う。

2_02次は或る夫婦の山登りの物語に感動させられた。

キノコ研究の第一人者畠山陽一さんと烈子さん(当時27、25歳)。登山が縁で結婚、以来40年共に好きな山を登って来た。

しかしある日陽一さんが腰痛激しく、検査の結果余命3ヶ月の血液癌と宣告され、目の前が真っ暗になり、人生を諦めた。

しかし4年前妻の還暦記念にヒマラヤトレッキングをしたのだが、その時登りたがっていた妻のためヒマラヤ登山を決心、医者の反対を押し切り退院。体力をつけるべく2人で山歩きする。

2_12そして40日掛けて5000m峰ゴーキョピークとカラ・パタールに死に物狂いで挑み成功させた!因みに陽一さん67歳、烈子さん65歳。

驚きはこれで終わらない。それから16年後取材スタッフが自宅を訪れ見たものは・・・。

めっきり白髪の増えた烈子さんに案内され奥へ、何と陽一さんが元気に現れたのだ。

癌の進行は止まったそうだ。やりたいことをやったのが、リンパ球が増え癌を抑えたのではと医者は言う。

2_15夫83歳、妻81歳の現在まで何度もヒマラヤへ、陽一さんのキノコや植物の研究、50歳で始めた烈子さんの植物写真など、地元への貢献から秋田県の賞を受けた。

「人生は1回きり、死ぬのも1回きり」と力強く話す陽一さん。

体質や性格もあろうが、最近弱ってきた感じの私も、元気ずけられた。

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