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2016年6月13日 (月)

八ヶ岳倶楽部

840101fukada

84.01.01山梨の茅ヶ岳へ夜行で出掛けた。体調悪く引き返そうかと思ったが、無理矢理登った。71年亡くなった深田久弥の板碑(当時)にウイスキーの小瓶を供え登頂、八ヶ岳や南アの広大な大展望は素晴らしく、深田氏が登っていたら文句なしの100名山だ。

これより金ヶ岳を経て南下、広大な一帯の高原からの迫力のある甲斐駒や、八ッ。頭だけのぞかせる富士など、広闊な展望は忘れ難い。

00年終の棲家を求めている時、私は文句なしにこの辺と決めていたのだが、色々あって家内の希望の海辺の伊東になったが、70年柳生博がこの辺に中を小川が流れる2000坪の土地を取得、色々な樹を植えていると聞きうらやましかった。

今やそれが立派な成果を上げ、八ヶ岳倶楽部として多くの支援者を得、名所となっている事は良く紹介されているところだ。

NHKの趣味の園芸ですっかり人気だった長男が、15年47歳で亡くなったのには驚いた。二人三脚でやっていただけに博氏の衝撃いかばかりだったろう。

ところで6月10日のTBS爆報フライデーによると、一般会社で活躍の次男が入って来て無駄の多い経営に次々とメスを入れているとか、動植物には興味ないとか、おやじと衝突しているとか。

しかしよく聞くと、亡くなった長男がざっくばらん、奔放な父を心配して、亡くなる前次男を訪れ後事を託したのだそうだ。お家乗っ取りかと穏やかでなかったが、それを知って喜ぶ父親と手を握る次男はとても人が好さそうで安心した。

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