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2011年10月11日 (火)

日野原先生百歳に

Shinsatsu10.08に「NHKスペシャル 日野原重明百歳 いのちのメッセージ」を見た。聖路加国際病院名誉院長であり理事長の先生は、現在終末期医療に携わっておられるらしい。10.04で百歳となられたそうだ。現役の医師では、中国にやはり百一歳の日本人医師がおられるとか。

階段を駆け上がるのをお見受けしたことがあったが、あれは九十歳ごろだったろうか。この度はすっかり背中が丸くなり、筋力も衰えたそうだが、まだ八十歳の体力があり、頭脳はもちろん明晰。全国を公演等に駆け回り、飛行機などでのわずかな隙に原稿執筆、スケジュールは2~3年先までという。

幼少時母の病気に接する医師を見て、この道を志したという先生だが、伴侶の静子さんは今認知症で先生のことも定かでない。内助の功以上の一体感の協力があったそうだ。妻が死んだらと不安になり、考えないようにしているとか。家に帰すべきか悩む様は、百歳の名医の言葉だけに胸を打たれた。

先生が「ふやすなら微笑(ほほえみ)のしわを」と励まされた、笑顔の素敵だった女性患者は、亡くなる直前ノートに「日の原の陽を受けて暖かく命・・・」と記されていたそうだが、その先不明の文字は「かがやく」ではないかと、夫君はいわれていた。

聖路加病院は古い建物だったが、先生が92年広大で過剰投資の批判を押さえ、新病院を建設された。95年地下鉄サリン事件が起き、殆どの人がここに運ばれ、判断の正しかったことが証明された。

この頃私は定年で会社を辞め、10年ばかり赤帽軽運送に従事していたが、所属のリース会社より建設現場に、無線機や測量機をよく運んだものだ。あの辺の大ビルの走りだったと思う。

誕生日は医師や看護師に囲まれ、バースデイケーキで祝われた先生だが「朝目覚め両手を挙げて我百歳」と誰にも作れないであろう句を披露されていた。人生の大先達である先生の生き方には、何時も深い尊敬の気持ちで一杯だ。

(追記)セイロカ(誤)→セイルカ(正)だそうだ。 聖人ルカの当て字。路をルと読ませる方が無謀と。(10.22東京新聞 東京どんぶらこ 築地 乾貴美子さん)

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