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2011年2月 2日 (水)

東京大空襲

B29_3 作家の早乙女勝元さんが1/29の東京新聞に書かれた記事より。

3/10日の大空襲で焦土と化した墨田区(当時の本所区)に住んでいた森川寿美子さんは、8ヶ月の双子の女の子を背負い、4歳の男の子の手を引き、横川国民学校に避難した。

やがて火焔に包まれて逃げ惑い、プールに飛び込むなどした挙句、3児を亡くしてしまう。「4本の足が私の腰を強く蹴りましたよ。最後の最後のもがきだったんでしょう。そのあと、ぐぐっと重さが増しました。」と語っている。

今は故人となった寿美子さんの残した短歌集より

 息すでに絶えたる背なの娘(こ)の重み肩にくいいる責めらるるごと

家内も江戸川区葛西に住んでいたが、この時何時にも増して西北の空が真っ赤な火の海となり、慌てて山形への学童疎開となった。少し前の最初の疎開では天皇からお菓子が下賜されたそうだ。

現在近くでは、東京スカイツリーが立ち上がり、見下ろしている。

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