被爆65年
6日、広島原爆慰霊式に、初めて潘国連事務総長や、ルース駐日アメリカ大使が参列したのは、やはり歳月を経た結果というべきだろう。
オバマ大統領の考えによるものだろうが、アメリカには原爆投下はその犠牲者に倍する、沢山のアメリカ兵を死亡から救ったということで、正当化する考えが多い。
一方原爆投下により無辜の人々を大量虐殺したことへの、罪の意識もあると考えたい。それが今度の大使の無言の黙祷であった。オバマ大統領が広島を訪れるのは、未だちょっと時間を要するのであろうか。
ところで菅首相が核抑止力は必要と語ったことで、慰霊の日に核を肯定するとはと被爆者たちが発言に抗議した。アメリカの核を始めとする戦力に頼る半独立国日本だが、その苦しい立場がこの矛盾した発言となるわけで、この問題ももう少し時間が必要なのだろうか。それにしても基地問題は沖縄以外への分散を真剣に考えてしかるべきと思う。
年月の経過という点では今年の「日韓併合100年」もそうだ。今度旧朝鮮総督府から宮内庁に移管されたものを、この機に返還するというが、こんなものは略奪したのだからさっさと返すべきだった。
日本の若者は現代史が時間切れで学んでないのに、韓国では詳しく教えており、若者同士論戦すると全然太刀打ち出来ず逃げ帰ってくるとか。恥ずかしい限りだ。
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