敗戦悲し
東京新聞に小沢昭一が「この道」という自伝を連載しているが、その31回では敗戦後の東京でアメリカ兵に非道い目に遭わされる。
風呂屋からの帰り道、3人のアメリカ兵に足を引っ掛けられて倒れ「何しやがんでー」と向かって行くが、3人で持ち上げられコンクリに叩きつけられた。
前歯を全部折り血だらけで交番に駆け込むが「お気の毒」で終わりだったとか。強盗に失敗した憂さ晴らしだったそうだ。今なら大騒ぎだろうが。
私も当時大連で敗戦になったが、中学校の帰りにやはり3人だったと思う、私と同じ位の年頃の中国の子に囲まれ、足蹴にされ脚を挫き1週間学校を休んだことがあった。
戦中は汚れた中国の子供が「飯進上!(ご飯を下さい)」と物乞いによく回って来たが、我々にからかわれ脅かすと、悲しい顔をして逃げていくのが、強く記憶に残っている。その様な目に遭った彼等の仕返しであろう。負けた悲しさを味わされた。
中国の子に訳も無く足蹴られ挫きて逃げし敗戦悲し
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コメント
年の経過と共にだんだん忘れ去られていく……
そういう実体験を次の世代に伝えていくことが大切なんでしょうね。
投稿: ピーちゃんの身元引受人 | 2010年1月19日 (火) 08:51
我々の体験など奥地から逃れた方々に較べれば、大したこと無かったのですが、子供のころの記憶で断片的に僅かに残っているのを、カテゴリー「大連の思い出」として書いて見ました。
シベリヤから帰った父も何も語らずに逝き、全ては忘却の彼方に押しやられていくのでしょう。この拙いブログでも残しておけば、誰かの目に止まるやも知れません・・・
投稿: せいざん | 2010年1月19日 (火) 15:25