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2009年1月21日 (水)

朱夏

Book宮尾登美子著「朱夏

宮尾登美子が盛んに著作を発表していた頃は知っているが、何やら難しそうな作品ばかりという印象で、一つも読む気が起こらなかった。それが昨年「天璋院篤姫」がNHK大河ドラマになり、中々面白く原作を見てみる気になった。

文庫本で上下各400ページを一気に読ませるという中々のものであった。そこで宮尾作品を入手順次読もうと考え、とりあえず随筆集などから入っている。

出世作といわれる「櫂」より「春燈」「朱夏」「仁淀川」と連なるのが、著者の自伝小説ということで「櫂」から読もうかと思ったが、満洲よりの引揚げを書いたものである「朱夏」が、私も引揚者であることから関心を惹き、まず読んで見ることにした。

19歳で生後間もない乳飲み子を背負い、開拓団の教師である夫と共に大陸に渡り、まもなく敗戦、引揚げまでの地獄の日々。生きるには少なく死ぬには多すぎる、食物をめぐる人達の生活がそこに展開される。

引揚げは貨車で葫蘆島まで行きそこより船であった。大連に住みそこより引揚げた私達に比べ、奥地の人は大変だった。もっとも新田次郎の妻藤原てい著「流れる星は生きている」の3児を抱えての朝鮮半島縦断はもっと凄まじいのだが。

国民党、中共、ソ連軍が入り乱れての当時の大混乱の中で、今まで支配されていた満人と立場が逆転したわけで、押し寄せた暴民に欲しいものはみんなやるから命だけは助けてくれというと、荷物など何も要らない、日本人全員の命が欲しいと返答され、石の投げ合いが保安隊が駆けつけるまで延々続く。

私達も夜半叩き起こされ、町内100人余がひた走りに逃げ、保安隊の出動で事無きを得たが、ソ連兵の略奪には2回遭っている。シベリアの囚人兵が時計を欲しがり腕に沢山付けているなぞ、本書を読むと何処でも同じだったなと納得した。

作者の女性らしい細部に亘る克明な描写、そして山あり谷ありでなく次々と立て続けに事件は起こり、だれて飛ばし読みなどの気は少しも起こらない。「篤姫」の時もそうだったが、この作者のものは皆こんな調子だとすると凄い。

内地に帰り体験を語るも、苦労したのはあんた達だけじゃないのよと聞いてもらえず、書く事により残そうというのが物書きになった動機だそうだ。あの当時日本人は皆大変な目に遭っていたわけだが、やはり敗戦により支配する異民族の只中に突如放り出されてしまった我々は、内地の人の苦労や兵士とは又違った恐怖だったと思う。

朝日新聞発行の「宮尾登美子の世界」によると、作者は53年後にモンペ姿で現地を再訪、すっかり穏やかな満洲の人々に囲まれ、日本の開拓団から受け継いで作られた陸稲の米飯をご馳走になり感激する。そこには長い時の流れが必要だったのだろう。

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