事件のあった秋葉原は国外でも有名になっているらしいが、私は戦後趣味のラジオ製作でここによく出掛けていた。アメリカ軍放出の真空管など中古無線機部品や、ラジオの細々した部品を売る小さな店が軒を連ねて犇めき合っていた。
日曜日はここでコンデンサーや抵抗など部品を買い集めコイルを巻いたりして、鉱石、並四、スーパーそして短波受信機と、勤めから帰ると製作に明け暮れていた。部品を取り付けるシャーシーはアルミは道具があるが、鉄板になると板金、穴開け塗装まで図面で頼むと翌日には出来上がっていた。
そうするうちに白黒だがテレビの時代になった。50万はするので手が届かず街頭テレビがもっぱらだった。そんな時古鷹無線と言う会社が3万と言う組み立てキットを発売した。今新品のカラーテレビでも安くなったとはいえ3万止まりなのだから驚異的だった。
小遣いをはたいて買ったが、そんなので映るのかと家族に笑われた。組み立て終わり色々調整するが一向映らず一週間経つ。しかしふとブラウン管のコイルを回すとすーっと画面が現れた時の嬉しかった事。今まで馬鹿にしていた家人たちが一転して尊敬の眼差しに変わり、随分株が上がったものだ。
テレビは家だけとあって近所の子供たちが昼間見に来る。NHKだけ、それも日中と夜数時間のみ、毎日最後の君が代、国旗はためく場面まで皆で齧りついていた。
その後何時しか無線から遠ざかる中、世はトランジスタ、カラーテレビ、ワープロ、ポケベル、パソコン、携帯などと進化、ジャンク街は今も健在らしいが組み立てるのはパソコンぐらいか。
古鷹無線もフルタカ電気として立派な会社になっているらしい。今ドライバー一本あれば出来るパソコン組み立てと違い、あの頃のハンダ付け式のラジオの組み立てが懐かしく思い出される。