テタテート
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中国の内陸であるタクラマカンやゴビの砂漠地帯から、偏西風に乗って黄砂がやってくる季節となった。日本も九州や中国地方の西海岸部がひどいようだ。春になって多いのは、発生地の土地の乾燥状態や気象条件によるらしい。
大連市で生まれて引揚げた私は、幼い頃黄砂をよく経験している。昼間でも雨雲の曇りよりひどい暗さで、黄色い帳が下りて鬱陶しい。満州の家の窓は二重になっているのだが隙間より入ってきて、清潔好きな母は一日中雑巾掛けでくたくたになっていた。
あれから60余年経ち、更に酷くなって来たらしい。北京、上海等の大都市での視程は、経済発展による大気汚染との相乗効果で大変悪くなっており、呼吸器系の弱い市民は外出時にマスクを手放せない。
砂漠緑化事業など植林その他の対策が随分前から色々行われているが、十分効果をあげていないのが現状で、最も大きな被害としては、1993年に内モンゴルで発生、死者112名、家畜の死亡48万頭に及んだ。
27歳の無名の作家中勘助の「銀の匙」を夏目漱石が激賞して世に送り出したのは有名な話で、私も随分前に読んだが、子供の目で見た詩情溢れる作品に、清々しい感動を覚えた。
随筆集の中で"天の橋立"は「銀の匙」の少年の日に憧れた姉の友との再会と永訣の結末には、人の世の儚さ寂しさが胸に迫って来た。
"漱石先生と私"は学生時代に講義を受けた先生としての漱石と、その後漱石山房に参入するようになり「銀の匙」を推薦して貰う経緯や、漱石の人柄が良く判る。漱石が「僕も変人だけれど中も随分変人だね」と言っていたのは面白い。
今回随筆集を読み、詩や短歌も織り込まれた独特な文章の素晴らしさが味わえた。一般的な随筆と違い日記として書かれ、幼少期の自伝と言える「銀の匙」から80年の生涯が一覧出来るという事で、他の作品も読んでみたいと思った。
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今回のチベット動乱は、中国が暴徒側に入り込んで扇動したという説があるが、これはオリンピックを控え考えにくい。逆にダライラマの中国内での自治の考えに不満を持つ人々がこのタイミングでやったというのが本当の所だろう。
いずれにしても大衆の不満が無ければあんなにはならない。商店等を襲わずに官公署をやればと言うが、小石くらいが武器?の人々にやれる事はあんなものだろう。
中国も出だしを間違ったために大変な問題を抱えてしまった訳で、他の四川省、甘粛省のチベット族にも拡がり、同じ目に遭っている新疆ウイグル自治区のウイグル族の間でもデモや暴動など紛争が絶えない。
新疆の場合は石油、天然ガスがあり、地下資源の少ない中国としては手放せない。独立を認めお互い対等の立場で交渉するのが正しい選択と思うが、今の中国にその度量は無さそうで、紛争は際限なく続くのだろうか。
ダライラマの独立は論外の考えは現実的で、この方向が一番良いのだが、中国、独立派共に認めまい。高齢のダライラマ14世さえ亡くなればと中国側は考えているようだが、果たしてそうだろうか。宗教や民族への弾圧は、長い目で見て上手くいった例しがない。反って対立は深刻になる一方と思う。(参照)
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私は大小新旧の墓石や卒塔婆が狭い所に林立した、お寺の墓地はどうも嫌いだ。公園墓地としては鬱蒼とした樹木の多磨霊園や、青山墓地があるが、物々しく囲われ苔むした墓には歴史こそ感じさせるがこれも余り好きではない。
そうかと言って海へなどの散骨も、泳げない私は想像するだけで苦しくなる。少子高齢化で幼稚園から大学まで経営が苦しくなる一方で、亡くなるお年寄りが多くなり、お寺や葬儀関係はこれから良いかと言うと、旧態依然のやり方ではそうもいかない様だ。
お坊さんを招かない音楽葬等が増えており、墓地も明るい雰囲気のものが好まれている。新聞で紹介された"横浜ドリームランド"跡に開園の"市営メモリアルグリーン"は外国の墓地を思わせる低い墓石の洒落た造りで良いなと思った。
いずれも首都圏に多く出来つつあり、ここ伊豆でもぼつぼつ見られるがまだ今一だ。慌てずに待っていれば、樹木に囲まれて日当たりが良い丘で海が一望される・・・そんな墓地が現れればと思っている。
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超党派の国会議員による「死刑廃止を推進する議員連盟」(会長亀井静香氏)が4日、国会に終身刑創設法案を提出すると発表した。
現在死刑廃止国は135、存置国は62。存置国の中にも事実上死刑を執行しない国が多く、お隣の韓国では昨年から廃止され、国連でも死刑の執行一時停止が決議される等、死刑廃止は世界の大勢となりつつある。
我が国では国民の8割が死刑を容認している中で、今回2003年提出を断念した法案を再提出するに当たり「死刑執行の一時停止」の項目を削除した。
これでは死刑が残っているので死刑が減らない上、無期だったものまで終身刑の判決が出るようになると、死刑廃止論者は懸念している。
だが国民の8割が死刑容認の現状ではいきなり死刑廃止でなく、終身刑が出来れば自然に死刑判決は無くなり、事実上の死刑廃止国を目指した方が現実的という考えによるものらしい。
話は違うが韓国はインターネットでも日本に負けない大国で、私のパソコンにも快適に動く韓国最大のセキュリティソフトが入っている。その韓国が死刑廃止に動いているのに、日本も見習うべきではなかろうか。(参照)
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景観問題で揉めていた吉祥寺住宅街の楳図さんの邸宅がほぼ完成した。楳図さんは今までの集大成とかで屈託が無い。
実際はもっとどぎつい赤だそうだ。テレビ中継では周辺に携帯で撮影している人が沢山見られた。
景観に関する法律が不備でこうして提訴しても負けてしまうのが現状だ。放置すると落ち着いた住宅街が遊園地化してしまう。
面白がっている人は多いが、自宅近くに建つなら嫌だという人も多いようだ。楳図さんもご自身の服装だけに止めておけばよいものを・・・(参照)
こちらも同じ景観で反対のあった東伊豆の風車が10基、このように建ってしまった。
国からの補助金が出るとなって全国で盛んに作られ始めているらしい。
広大な国は良いが、我が国のような狭い国土では、エコの点から必要な風車にも規制は必要だと思うのだが、現在野放し状態のようだ。(参照)
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14日チベットで中国の支配に抗議する僧侶等のデモが起きた。赤い僧服のデモでは過日ビルマ(ミャンマー)での軍事政権により鎮圧された抗議デモを思い起こさせた。
1950年中国人民解放軍がチベットを侵略、1959年に拉致されようとした最高指導者のダライラマ14世がラサを脱出インドへ亡命、10数万人が行を共にする。国境直前でチベット臨時政府の樹立が宣言され、中国とチベットとの確執は現在に至るまで続いている。
中国は反政府運動として押さえ込む一方、経済支援や2006年開通させた青蔵鉄道等と、アメとムチの政策をとっているが、今回も漢人入植者の商店や車が襲撃されているのを見ると、アメリカの黒人暴動を思い起こさせる。
ダライラマ14世は、中国の一部として文化的な自治を求めるという現実的な考えをとっている。今のようなやり方を続ける限り、問題は永久にくすぶり続ける事だろう。民族の誇りを傷つけてはならない。日本政府も対話による解決を呼びかけるべきだ。
チベットの国歌や国旗があるが立派なものだ。連邦国家のような方策は考えられないのだろうか。
↑雪山獅子旗(チベット亡命政府の国旗)
国歌
輪廻・涅槃における平和と幸福への,あらゆる願いの宝蔵にして願いを意のままに叶えることができる,宝石の如き仏陀の教えの光明を輝かせよう
そして,仏教と衆生の持宝たる大地を育み,守護する御法神よ汝の徳の高い偉業の大海が広がり金剛のように固く,慈悲をもって全てのものをお守りください
百の歓喜を備えた天授の法が,我々の頭上に留まり四徳の力が増大しチベットの三区全土が,幸福で円満な時代で満たされ,政教が盛行しますように
仏陀の教えが十方に広がることによって世界中の全ての人々が平安を享受できますように
そして,チベットの仏教と衆生の吉兆なる陽光と十万に広がる吉兆なる光明の輝きが邪悪な暗闇との戦いに勝利しますように
※チベット語より直訳( ダライラマ法王日本代表部事務所より)
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テレビのクイズ番組で"屁背負い比丘尼"とは何をする人でしょうかという問題が出された。お姫様に従って行動するらしい。と言う事でピンと来た。お姫様が屁をお放りになされた時、「それは私です」という役だと。
その通りだった。しかし昔は面白い仕事があったものだ。ローマの貴族などが沢山の奴隷を使うが、靴を脱がせるのにも右と左別々の専属がいたとか。これは権力の誇示だろうが、屁背負い比丘尼は長閑なものだ。
今はそんなのんびりした話は見当たらない。海パン男とか大食い女とか・・・がテレビを跋扈しているが、いずれ早々と消えるにしても又代わりのおかしなのが登場するのだろう。海パン男の真似を幼稚園児たちが面白がってやっているとか。屁背負い比丘尼ゴッコをやって貰いたい。
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幼児2人を自転車の前後に乗せることに、警察庁が1人との原則を示したところ、若い母親からの反発の意見が相次ぎ、容認を検討することとなった。
私も昔車を運転していた頃は、前後に2人子供を乗せて走る母親を見て、危険極まりなく法律でも禁止されているのにと憤慨したものだ。しかし車の運転を止めた今は、あんなに重たい2人の子供を乗せて走るお母さんに逞しさを感じるようになっていた。
押し歩きなら認めるそうだが、自転車というものは走っているからバランスが取れるので、歩いては途端に不安定で却って危険だ。前2輪のものもあるが安定性は今一みたいだ。
ヨーロッパでは前の低い位置に2人乗りのがある。車椅子を押しているような感じと思えばよい。ただこれだと日本の道路事情ではどうか。駐車の問題もある。要らない道路を造っているらしいが、生活道路に回せと言いたい。
母親たちの反発の声に、警察庁も安全が確保されたものなら認める方向らしい。罰金覚悟で乗るという人もいる。確かに子供2人で1人置いていく訳にはいかない。安全な3人乗り自転車の開発が早急に図られなければならない。
こんな事は随分前から分かっていたのに、母親たちの抗議でやっと動き出すなんて情けない。警察庁も自転車業界も怠慢ではないか。
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