窓ぎわのトットちゃん
黒柳徹子著 窓ぎわのトットちゃん
1981年に出版され大ベストセラーになった本だが、私は買っておきながら今やっと読んだ。実に26年振りの事だ! 買ってすぐ読んだ本もあれば、この様に長い間寝かしてしまった本もある。いつか読みたいと思いつつ、永久に読まれないだろう本も沢山ある。
それはさて置き、やはりこれは良い本だった。黒柳徹子の幼少時の自伝ではあるが、血の通った学校教育はこういうものだという事を知らされる本だ。
ところでこの本に1981.08.23と記入された、赤茶けた東京新聞の社説の切抜きが挟まれていた。私が切り抜いて挟んでおいたものらしい。"トットちゃんの涙"という題で5段にわたる長文の社説を載せていたのには驚いた。
家では町田にいた時、東京新聞の文芸欄が面白く安いので取っていたが、伊東に来てからは東京新聞は手に入らず、夕刊が無くてこれまた安い産経新聞だ。(以下→ ←間は社説よりの引用)
→少女はこの本をご飯も食べずに一気に2時間半で読み終えたそうです。「で、どうだった?」と聞いたら「こんな校長先生、いまだったら教育委員会が許すはずがない。こんな学校があったなんて、信じられない」←
トモエ学園は1937~1944年という太平洋戦争の最も激しい時期にだけ、短い期間だが存在したユニークな教育方針の学校で、身体の不自由な子や問題児などが多く入って来たらしい。黒柳トットちゃんもその自由奔放な言動が災いして、小学1年にして退学処分!となりここに入る事に・・・
50人足らずの学校だが、素晴らしい教育者である小林校長の下、座席も勉強も自分の好きな所、好きな学科をやっていい。午後は大体散歩。でもそこでは花や虫、お寺を見て生物や歴史の勉強にするという風に、今のサラリーマン目的の詰め込み教育とは正反対のものだった。
しかしあとがきにもあるように、ここを巣立った人達は黒柳始め皆立派な人間に育ったようだ。
→ろうあ学校の女生徒の手話に感じ入り「私も、いつか必ず、みんなと手でお話しする人になる」と心に決める。その決心は実り、いまこの人は手話ができます。またこの本の印税をそっくり、プロの手話劇団づくりに充てようとしている。←
私もバスの中で、2~3人の男女の子の手話を見た事があるが、笑いながら交わす静かなる会話に、惚れ惚れと惹かれるものがあったのを何時までも覚えている。
→いま教育問題は、規則だとか制度とかは大問題になるが、心のふれ合いとか、親・子・先生の信頼などがわきに押しやられています。非行や子供の暴力問題は、対策の段階ではもう遅い。情緒、信頼、人間性・・・それらが失われたから発生したのでしょう。←
このころより20数年たった現状ではもっとひどい事になっているのは、毎日の心痛むニュースの数々で感じる通りだ。日本は教育に力を入れて来たので今日の発展が有るのだが、それによる歪みもまた大きい。トモエ学園について今度知った事は、みな教育について考えるべき大切な原点と思った。
この本は単にトットちゃんの奇矯な言動を記したものではなく、愛のある教育についての思いを綴った一書である。いわさきちひろの挿絵とそれにまつわる話も素晴らしい。
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