イソギク
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
山を歩いていると林道によく出会う。最近は林道等を利用して車で奥まで入り、登る事が多いらしい。これは必然的に往復登山になるので、アプローチは楽だが縦走には不向きだ。
山で時間切れになって焦っている時、やっと林道に出られるとホッとする。暗くなってもこれを行けば里に出られると安心する。この様に山登りでは助かる面が多々ある林道だが、矢鱈と不必要なものがどんどん作られているとなると問題だ。
産経新聞07.11.26屋山太郎「天下り」に大甘な福田政権より
→(前略)例の松岡農水相を自殺に至らしめた「緑資源開発機構」(中略)には林野庁から14人が天下り、補助金619億円を受け、傘下に8つの法人を設立してそこには30億円の補助金とともに217人が天下っている。(中略)
この機構は全国にあと2000km余の林道建設を目的としている。同機構の前身は森林開発公団ですでに1兆円を費やして全く不要の林道事業を終えた。
誰が考えても林道建設などは地方に任せるべきもの。地方自治体は必要最小限のものを選択するはずだ。地方に任せない新たな機構を作って中央の事業を続ける目的は天下り先を確保するためだ。(後略)←
私も林道が尽きて小沢に沿う山道になっても、ガードレールを付けるというどう考えても過剰な設備がなされているのを見たし、多くの林道がそうだが沢を横切る地点で台風などの度に土砂崩れが起きて、地元に多大な負担を掛け、果ては廃道化したところも沢山あるらしい。
材木を搬出するためとか、観光目的の林道なら判る。自然を破壊してまで不要な林道を作っては放置するのは、巨大リゾート施設を億の金で造って数10万で売り飛ばしている連中と同罪だ。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
海守ブログ07.11.22 砂が、浜が、消えていく より。→(前略)
「なぜ、今になって砂浜が消えているのか?」「台風などで砂浜が削られるのは昔から同じでは?」という疑問がありました。だって、台風ごときで砂がなくなってしまうのなら、日本中の砂浜はとっくになくなっているはずです。(中略)当然ですが、ちゃんと理由があるのです。海岸は消えるべくして消えつつあるのです・・・
まず、水や風など自然の力で地形などが「シンショク」される場合には「浸食」という字を使いますよね。ですが、海岸の「シンショク」を表す際に、行政や学術書は「浸食」といわずに「侵食」を使います。そこには、領土が侵されるという強い危機感が込められていると共に、その原因者が自然だけではなく人間なのだということを、暗に示しているように思えます。
前述のように、台風などによって砂浜が侵食されるのは昔から同じですが、山・川・海岸・海が自然のまま繋がっていた頃は、沖に連れ去られた砂も自然循環によってやがては海岸に戻り、山や川などからも水と共に土砂が運ばれてきました。
しかし、ダム・洪水対策・護岸・消波ブロックなどの人口建造物によって自然循環が妨げられ、海岸は侵食と堆積を繰り返しながら保ってきた絶妙なバランスを失ってしまったのです。そして、波の力を弱める効果をもつ砂浜が弱ると、荒波は強力なまま海岸の奥まで押し寄せ、皮肉にも防波堤や護岸を痛めつけています。(後略)←
私の住む伊東でも先日、強い波の影響で防波壁が一部崩れた。手前には波消しブロックがあるのにである。中心部を流れる大川も昔は漁船が出入りしたらしいが、今は上流にダムが出来腰の辺までしかない。
今国道135号線、道の駅マリンタウンの辺りは昔は磯遊びに良い場所だったとか。便利と引き換えに失ったものも大きい訳だ。そして失ったものを取り戻すには莫大な時間と労力と費用を要するのだ。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
南極観測船「しらせ」が14日南極へ出発した。次の観測船を造ったのでこの船の処分が問題になる訳だが、維持費が高いため引き取り手が見付からず廃船と決まり、最後の航海へと出発した。
ところで新造船の方の名称が、統合推進本部より公募され私も応募した。色々難しい規定があり、中でも自衛艦である事から、同じ名称ではいけないという。それでわざわざホームページで良く調べて、ダブらないよう気をつけて出した。
ところが「しらせ」が廃船と決まると、せめて名前でも残してほしいとの、白瀬中尉出身地の方々の要望が多くあり、1位の「ゆきはら」(白瀬雪原の)と併せ応募多数として、同名はいけないという規定を変更して「しらせ」としたという。
新船就航前に今の船籍は無くなるので混乱は生じないといっているが、そうだろうか。前の「しらせ」が廃船になっても、その活動の歴史は残る訳で混同が生じるのは目に見えている。
また一所懸命考えた他の応募者にも失礼ではないか。それこそ第2などと数字を付けてはいけないとある規定を変更してでもせめて「しらせ2」とすべきではないだろうか。船名ではよくある事ではないか。 参照
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
私は延々と続くあまり上下の無い尾根筋を歩くのが好きだ。奥多摩には雲取山からの石尾根、浅間嶺の浅間尾根、三頭山からの笹尾根等がそれに当たる。
扇形に広がる扇山の奥に控える権現山1311.9m。伐採地や雨量局からの展望に優れ快適な尾根だが、2回目に行った時は先の方は大分藪状態だった。皆山麓まで車で来ての往復登山が多くなり、長尾根の全部を歩く人が少なくなっているらしい。
手前が浅間尾根、先が笹尾根。中央遠くが反対方向から見た権現山。(御前山、湯久保尾根より)
中でも笹尾根は長大で、日帰りで一遍に片付けるのは無理だ。バスの便が悪くなり、相模湖駅まで脚を伸ばすのはかなり大変だ。でも快適に歩けるこれ等の長尾根を歩いている時がとても楽しい。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
藪苧麻。
雌藪苧麻。葉が薄く、花序も細く全体に弱々しく見える。
赤麻。茎や葉柄が赤味を帯びる。
これらは雌雄同株だが、雄花序を付けず、雌花序だけ付けるのも多い。殆ど無性生殖で、変化が多く区別は難しいそうだ。無性生殖だと、個体の形質がそのまま次の代に伝えられ易く、色々な型が出来易いからとの事。故にアカソは自信が無く波田研参照。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
大都市圏を抑えて私の住む静岡県が、自動車運転免許証の3年連続で自主返納日本一となった。返納者の大半は高齢者だ。
私も1962年免許を取得して以来、仕事で運転を続けて来たが、2001年仕事を辞めてからは専ら近所の買い物に使う程度となった。
しかし或る時交差点で右折しようとして、対向車を見落としあわやという場面があった。カーブした先から車が現れる、かなり見にくい交差点ではあるが、やはり注意力が鈍ってきたかとそれ迄にも感じたことがある。
2005年、72歳で返納を決め、警察を訪れる。「返納でもよろしいのですか」と聞かれたが、大きな事故を起こさぬ内にと返納することにした。希望者には運転経歴証明書が貰える。
今は自転車か1時間1台のバスを利用しており、重いものを運べない等色々不便はあるが、一方ガソリン代、車検等の費用が要らなくなったし、我が家の温暖化防止対策では、一番貢献しているのではないかと思っている。歩くので体にも良い。ただバスも無い所とか、体が不自由な方に対する対策の強化が必要と思う。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
黒柳徹子著 窓ぎわのトットちゃん
1981年に出版され大ベストセラーになった本だが、私は買っておきながら今やっと読んだ。実に26年振りの事だ! 買ってすぐ読んだ本もあれば、この様に長い間寝かしてしまった本もある。いつか読みたいと思いつつ、永久に読まれないだろう本も沢山ある。
それはさて置き、やはりこれは良い本だった。黒柳徹子の幼少時の自伝ではあるが、血の通った学校教育はこういうものだという事を知らされる本だ。
ところでこの本に1981.08.23と記入された、赤茶けた東京新聞の社説の切抜きが挟まれていた。私が切り抜いて挟んでおいたものらしい。"トットちゃんの涙"という題で5段にわたる長文の社説を載せていたのには驚いた。
家では町田にいた時、東京新聞の文芸欄が面白く安いので取っていたが、伊東に来てからは東京新聞は手に入らず、夕刊が無くてこれまた安い産経新聞だ。(以下→ ←間は社説よりの引用)
→少女はこの本をご飯も食べずに一気に2時間半で読み終えたそうです。「で、どうだった?」と聞いたら「こんな校長先生、いまだったら教育委員会が許すはずがない。こんな学校があったなんて、信じられない」←
トモエ学園は1937~1944年という太平洋戦争の最も激しい時期にだけ、短い期間だが存在したユニークな教育方針の