(大連の思い出18)戦争の勉強
学校では勉強そっちのけで毎日戦争の話ばかりになって来た。ある時先生がお前達将来何になりたいか順番に言ってみよということになった。散々戦争の話をした後だったと思う。
僕は陸軍元帥になります。海軍大将になります。飛行兵になります。戦車兵になります。・・・ とにかく皆軍人ばかりだった。最後近くなって一寸知恵遅れの子がいていつも何かとからかわれ馬鹿にされてたのだが、その子の番になった。
「僕は馬鹿なので何も大したこと出来ないので、田舎で百姓をやります」と言ったのだ。それ迄興奮気味だった教室がシュンとなり、先生も少し覚めた顔になった。何と言ったか覚えてないが、「そうだな、お百姓も必要だ」と言ったような気がする。
壁に敵機の写真が貼られ、スピーカーからはグラマン、ロッキード等アメリカの爆撃機、戦闘機の名前が放送され、爆音が流される。特徴を覚えよという訳だ。日本の爆撃機(例えば呑龍)もあった。でも子供心に野暮ったいなーと思っていた。それに引き替えアメリカの飛行機の格好よいこと。無論口には出せない。
校庭で手榴弾を投げる訓練もよく行われた。現物は無いのでおはじきを使う。1で手に持ち、2で安全弁を口で引き抜き、3でなるべく遠くへ投げるのを繰り返した。一寸でももたつくと自分が死ぬのだぞと言われた。
あと手旗信号の練習もやった。勤労奉仕では市のはずれにある"周水子飛行場"迄行き高射砲の弾運びをやった。しゃべりながら運んでたら、軍人教官に「お前達たるんどるぞ」とえらい勢いで怒鳴られ縮み上がった。
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