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2007年3月19日 (月)

(大連の思い出7)出張の父帰る

Basha 半官半民の国策会社、満鉄(南満洲鉄道K.K.)は、1944(S19)年には社員4.5万人、従業員総数40万人だったと言われる。父はその満鉄社員で私の幼い頃は既に奉天に出張、年に2回、1週間位帰って来る生活だった。

1回大連駅に迎えに行き、馬車に乗って帰って来た事があった。馬車に乗った記憶はこれだけだ。父の顔を忘れてしまい、どこのおじさんと言う感じだったらしい。その内すっかり馴れた頃は戻ってしまうという繰り返しだった。

寝ていて鬚を顔におっつけられて痛かったのが、強く記憶に残っている。父が足の上に私を乗せ手を持って「一人歩けば二人歩く」と節を付けて唱えながら歩くのはよくやった。"オンデババチョ"と言う遊びだったが、ネットで調べても判らない。

祖父母、母、兄、姉、私の見守る中での夕食。祖母が父の事をとてもおいしそうに食べるとよく褒めていたが、我が家はサザエさんと同じ母方の祖父母なので、マスオさんたる父は、たまに帰ると少し気取って食べていた気がする。私はと言えば帰って来た時と様変わり、戻る時は淋しがってぐずったらしい。

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